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子どもか刑事のキャリアか――悩んで選んだ昇任の道 -警視庁光が丘警察署長 原きよ子【2】

2014年6月11日水曜日

■仕事も家庭も壊れてしまうんじゃないか
私は同じ警察官の夫と結婚し、その頃はちょうど娘が小学校低学年の時期でした。ある特捜本部に従事していたために仕事は激務、朝6時前に家を出て帰るのは夜10時過ぎという生活が続いていたんです。そのせいか子供が精神的に不安定になってしまい、このまま警察官を続けるのか、それとも辞めるのかという選択を迫られるような思いでした。後にも先にも、仕事を辞めなくてはならないかもしれないと思ったのはそのときだけです。
当時は育休がありませんでしたので、産後は4カ月で復帰し、しばらくは時短と保育ママさんを活用し、その後は家の近所の方や交通少年団の役員の方、それから姉にお願いしたりしながら、綱渡りのような子育てを続けてきました。お給料は全て保育料に消えてボーナスだけが辛うじて残るという状態でしたが、それでも仕事を続けられるだけ有り難いという気持ちでいたんです。
ただ、それも特捜本部にいたときは、このままでは仕事も家庭も全てが壊れてしまうんじゃないか、というところまで追い詰められてしまって。自分の頑張りだけならどうにでもなるけれど、自分の努力だけではどうにもならないことがあることを痛感しました。それは「やる気は経験を超える」とばかりに働いていた私にとって、大きな岐路でした。
■昇進試験にかけた
警部補の昇進試験が近くあることを知ったのは、そんなふうに感じていた矢先のことでした。警視庁では警部補試験に受かって昇任すれば、職場が別の署に移ることになります。仕事を辞めるか、昇任して捜査第一課を出るか――。本当は刑事を続けたかったけれど、このときだけは昇進試験を受けて環境を変えることに賭けたんです。警察官をどうしても続けたかったから。勉強に使える時間は通勤電車と昼休みのみ。集中して勉強に取り組みました。
結果的に私は女性枠2人のその試験に受かって、渋谷警察署の交通課の係長として異動が決まり、捜査第一課を出ることになったんです。今から振り返れば、あの試験に受かっていなければ警察官を辞めていたかもしれません。そうすると後に捜査第一課に戻って、管理官として捜査を指揮する立場になることもなかった。本当に大きな決断だったと思います。
そうして子育てをしながら働く中で、私が自分に言い聞かせてきたのは、「甘え」と「できないこと」の違いを常に考える、ということでした。
できないことをやろうとすれば無理が生じる。

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