発売当初のテレビCMはたとえば「水戸黄門」の枠。体力のない人が主な顧客だった。いまでは、子育てママの「新・三種の神器」ともいわれるほどに。「人・社会・企業」に優しい商品はどのように生まれたのか。
■2年前にバイクを超えた
秋晴れの都内で駅から会社に向かっていると、颯爽と自転車で自分を追い越していくビジネスマンによく出会う。前々から不思議に感じていたのだが、今回の取材でナゾが解けた。普通の自転車ではなく「電動アシスト自転車」だったのである。よく見ると大人から子供まで、多くの人がこの「ちょっと違った自転車」に乗っている。
この電動アシスト自転車、不況といわれる国内において発売以来、順調に市場が拡大しているヒット商品だ。国内販売台数は40万台を突破し、2011年には二輪車の販売台数を上回った。高額商品ということもあって、町の自転車屋やバイク屋にとっては救世主といえる商品でもある。
近くのサイクルショップに行き、試乗をしてみた。こぎ始めた瞬間すぐに、後ろから背中をグイっと押されるような感じがする。坂道が完全に坂道でなくなる。「一度乗ると手放せず、いまは2台目需要もある」(GFKライフスタイルトラッキングジャパン・金子昇氏)というのがよくわかった。
初代電動アシスト自転車の発売から20年。ゼロだった市場をどのように広げていったのか。マーケティング理論に基づき、4つの視点から見ていこう。
■1.あきらめない!規制にも踏み込む
1993年、ヤマハ発動機が発売した「PAS」という製品が世界初の電動アシスト自転車である。ヤマハ発動機といえばバイクのトップメーカーだが、「安いバイクをつくる」という発想ではなかったらしい。
「国内では80年代頃から若者のバイク事故多発を受け、高校生の『三ない運動』、バイク免許を取らせない、乗らない、買わないという動きが活発になりました。またヘルメット装着が義務付けられ、髪形が崩れるため女性にも好まれなくなってきた。ヤマハではバイクに代わる次世代の乗り物として、自転車に着目したのです」(ヤマハ発動機SPV事業部マーケティング部PAS営業企画グループ・石井謙司氏)
確かに自転車というのは免許がいらない。ヘルメットをかぶる必要もない。誰でも乗れる。最も手軽なパーソナル・モビリティというわけだ。話を聞くと、この後は苦難の連続だったようである。商品開発上の苦労はもちろんのこと、法規制との関係があった。…
■2年前にバイクを超えた
秋晴れの都内で駅から会社に向かっていると、颯爽と自転車で自分を追い越していくビジネスマンによく出会う。前々から不思議に感じていたのだが、今回の取材でナゾが解けた。普通の自転車ではなく「電動アシスト自転車」だったのである。よく見ると大人から子供まで、多くの人がこの「ちょっと違った自転車」に乗っている。
この電動アシスト自転車、不況といわれる国内において発売以来、順調に市場が拡大しているヒット商品だ。国内販売台数は40万台を突破し、2011年には二輪車の販売台数を上回った。高額商品ということもあって、町の自転車屋やバイク屋にとっては救世主といえる商品でもある。
近くのサイクルショップに行き、試乗をしてみた。こぎ始めた瞬間すぐに、後ろから背中をグイっと押されるような感じがする。坂道が完全に坂道でなくなる。「一度乗ると手放せず、いまは2台目需要もある」(GFKライフスタイルトラッキングジャパン・金子昇氏)というのがよくわかった。
初代電動アシスト自転車の発売から20年。ゼロだった市場をどのように広げていったのか。マーケティング理論に基づき、4つの視点から見ていこう。
■1.あきらめない!規制にも踏み込む
1993年、ヤマハ発動機が発売した「PAS」という製品が世界初の電動アシスト自転車である。ヤマハ発動機といえばバイクのトップメーカーだが、「安いバイクをつくる」という発想ではなかったらしい。
「国内では80年代頃から若者のバイク事故多発を受け、高校生の『三ない運動』、バイク免許を取らせない、乗らない、買わないという動きが活発になりました。またヘルメット装着が義務付けられ、髪形が崩れるため女性にも好まれなくなってきた。ヤマハではバイクに代わる次世代の乗り物として、自転車に着目したのです」(ヤマハ発動機SPV事業部マーケティング部PAS営業企画グループ・石井謙司氏)
確かに自転車というのは免許がいらない。ヘルメットをかぶる必要もない。誰でも乗れる。最も手軽なパーソナル・モビリティというわけだ。話を聞くと、この後は苦難の連続だったようである。商品開発上の苦労はもちろんのこと、法規制との関係があった。…
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